勝つための思考が感情を殺す。僕はそれで救われたけど、楽しさも失った
大学生の頃、僕はパチンコやパチスロに夢中でした。
「今日は勝てる気がする」「今流れが来てる」——そんな感覚に全力で身を委ねていた。
勝てば脳汁が出て、負けても次に勝てるかもしれないという期待でまた座る。
でも今は違います。ギャンブルに座るとき、僕の頭には「期待値」という言葉が最初に浮かぶようになりました。
期待値との出会いが、人生を変えた
ある日ネットで「期待値稼働」「時給いくら」という言葉に出会いました。
そこには「1回転あたり〇〇円の価値がある台を何千回転も回す」という、理屈の世界が広がっていたのです。
まるでアルバイトのように、勝てる台を探して淡々と打つ。
勝つために打っていたはずなのに、勝ってもあまり嬉しくない。
逆に「期待値が取れていたなら負けてもOK」とすら思えるようになっていました。
感情が動かなくなった先にあった安心感
「つまらなくなったな」と思ったのは事実。
でも同時に、破滅的に負けることがなくなりました。
借金もしない。むしろ、月に数万円の黒字になることも。
つまり、ギャンブルを“遊び”から“労働”に変換できたのです。
それは楽しくなくなる代わりに、安心感をもたらしてくれました。
大学の頃の自分に伝えたい
もしタイムマシンがあったら、大学時代の自分にこう言いたい。
「ギャンブルは運じゃなくて、数学で勝てる。でも、脳汁は減るぞ」
これは皮肉じゃなく、本当にそう思います。
期待値を理解することで、依存から抜け出すことができた。
ギャンブルがやめられない人ほど、一度“勉強”してみてほしいです。
これからの遊び方
とはいえ、期待値だけで生きると人生が味気なくなります。
だからこそ今は、数字と感情のバランスを意識したい。
FIREを目指す今の僕にとって、効率や損益はもちろん大事。
でも、仲間と打つ麻雀で負けて笑い合う時間も、また別の価値がある。
「稼ぐためのギャンブル」と「遊ぶためのゲーム」
これからは、その両方と上手に付き合っていきたいと思います。
最後に
ブログを始めて、改めて自分の思考を整理する時間が増えました。
収益化はまだまだこれからですが、こうして価値観を言葉にすることが、自分にとっても大きな意味があると感じています。
ギャンブルがつまらなくなったのは、成長した証かもしれない。
それならそれで、ちょっとだけ誇ってもいいかな。